オーランド銃乱射事件容疑者の素顔、苛つきと怒りの日々
友人少なく「9.11」 に歓喜、テロ礼賛、凶行への軌跡たどる
2016年6月14日
フロリダ州オーランドで、米国史上最悪の銃乱射事件を引き起こしたオマル・マティーン容疑者 (29) は、アフガニスタン系移民の家庭に生まれ育った。
米中枢同時テロに歓喜し、周囲を驚かせた少年時代。
「常に怒っていた」と語る元同僚。
関係者の証言や地元報道から、過激思想に染まっていく過程が断片的に浮かび上がってきた。
凶行への軌跡をたどった。
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2001年9月11日、米国は歴史的惨事に見舞われた。
国際テロ組織アルカイダによる中枢同時テロ。
米全土が喪に服す中、高校生になったばかりのマティーン容疑者は興奮を隠そうとしなかった。
ビルに突っ込む旅客機のまねをして、バスの車内を走り回った。
「米国が攻撃され、うれしくて仕方ないようだった」と同級生。
テロリストを礼賛し、アルカイダ指導者のビンラディン容疑者を「おじさんだ」 と言い張った。
銃の撃ち方も「おじさんに教わった」と自慢していた。
少年時代は太っていて友人が少なかった。
虐 (いじ) めも受けていたという。
しかし、中枢同時テロはマティーン容疑者の心の琴線に触れ、人生の転機となったようだ。
ジムや健康食品店、衣料品店など転々と職を変えた。
「あらゆることに苛 (いら) つき、常に怒っていた」。
2007年から勤務していた大手警備会社の元同僚は証言する。
同性愛者や黒人を口汚く罵 (ののし) り、「いつも人殺しについて語っていた」。
乱射事件にも「驚かなかった。起きると思っていた」と話した。
インターネットで出会ったウズベキスタン移民の元妻は、冗談を飛ばし、家族を大切にする容疑者に好意を抱き、2009年に結婚。
しかし、わずか6週間ほどで気性の荒さに気付く。
ドメスティック・バイオレンス (DV) を受け、外出も制限された。
容疑者が週3回ほど通っていたモスク (イスラム教礼拝所) では事件の翌日、敬虔 (けん) な教徒らが祈っていた。
逞 (たくま) しい青年に育った容疑者には「攻撃的」との悪評判も付きまとったが、モスクではおとなしかった。
子供時代を知る聖職者は「心に怒りや精神的な問題を抱えていたのかもしれない」 と語った。
フロリダ州フォートピアスの容疑者宅前には、テレビ局の中継車が何台も並ぶ。
警察関係者が家宅捜索に入り、写真を撮影していた。
近くに住む父親、セディーク・マティーンさんは「生きていたら、なぜこんなことをしたのか問い詰める」。
だが、惨事を起こした息子は射殺された。
「兆候さえつかめていれば、リハビリ施設に送ることもできたのに」と悔やんだ。
(2016年7月1日号掲載)