米ソ “ 一触即発” の危機が1983年に
NATO 核想定演習、米機密文書公開で
2015年10月25日
東西冷戦下の1983年に北大西洋条約機構 (NATO) が行った軍事演習をめぐり、「米国はソ連との関係を一触即発の危機にさらしていた可能性がある」 と分析した米機密文書が公開された。
機密指定が解かれたのは、大統領対外情報諮問会議に提出された報告書「ソ連の戦争への恐怖」 で、1990年2月15日付。
NATOが1983年11月に核戦争を想定した演習「エイブル ・ アーチャー」 がソ連に与えた動揺について見解をまとめている。
ソ連は、演習は名目にすぎず、米国の狙いは先制核攻撃の可能性があるとの立場から、大がかりな偵察活動を実施した。
ソ連指導部が当時、核戦争を本当に恐れていたのか、それともプロパガンダの一環として恐怖を装っていたのかは見解が分かれていた。
報告書は「ソ連の警戒レベルは極めて高く、現実の危機45」の割合で劣勢とみていたとも指摘し、著しい格差が米国の攻撃を誘発すると恐れていたとの見方を示した。
報告書は「何らかの偶然や誤った情報から、ソ連が米軍の行動を実戦準備と勘違いし、極度に危険な状況に陥る可能性があった」と結論付けている。
レーガン大統領がソ連を「悪の帝国」と呼んだのが1983年。
ソ連軍による大韓航空機撃墜や米国によるパーシング2ミサイルの西欧配備をめぐり、米ソ関係は緊迫していた。
(2015年11月16日号掲載)