世界陸上大会トラック種目、男子400mハードルで2つのメダルを獲得した初の日本人選手、為末大。ハードルとの出会いは18歳。世界ジュニア大会を観戦中にひらめくものがあった。 アメリカの元陸上選手から紹介されました。外国で暮らしたいという願望もあり、ユニークなアメリカ人の国民性にも引かれました。自分の足で西海岸の街をポートランドからサンディエゴまで見て回り、最高の環境を備えている街だと思いました。 温暖な気候が魅力的で、陸上競技の強化施設が充実しています。ビーチや芝生に恵まれているので、衝撃の弱い路面で走り込みながら調整しています。ロンドン五輪に照準を合わせています。 —— お父様はどのような方でしたか。 いたって普通の人でした。足もあまり速くなかったし、どうして私が陸上選手になったのか不思議がっていました。父は私が25歳の時に急逝しました。喉頭がんと診断された時には末期で、半年ほどで亡くなりました。まだ54歳の若さでした。 人間は自分でこの世に生まれることも決められないし、死ぬ時期も選べない。「今を懸命に生きるしかない」という気持ちになりました。 —— 陸上競技の魅力 / 400mハードル競技の特徴とは。 陸上競技は人類の進化を最も理論的に確認できるスポーツです。ハードルはレースに戦略が持ち込めるというのが最大の特徴でしょう。がむしゃらに飛ばすだけでは勝負にならない競技です。 18歳の時、世界ジュニア大会を見ていてハッとひらめいたものがありました。この競技なら勝負できると思ったのです。瞬発力の勝負。体力と運動能力は技術力でカバーできると直感したのです。 —— 専属コーチを持たない主義と聞きました。 コーチを付けるメリットは 「外から見る目」ですが、「意思決定の依存」というデメリットもあります。自分という人間を願望や感情と離れたところで正確に見ることができるか。 これがセルフコーチングの鍵だと考えています。 サンディエゴでも専属コーチ不在の方針は変わりません。 —— 忘れられないエピソードは。 2000年の日本選手権で観客がわずか1,000人しかいない現実を目の当たりにしたこと。チーム競技ではないので、どちらかを応援するという日本の観戦スタイルに馴染んでいないと実感しました。 陸上は勝敗よりも、戦うアスリートの美しさと限界に挑戦する姿に本当の素晴らしさがあるのです。その魅力をもっと伝えていかねばなりません。 —— 陸上競技の普及に向けて取り組んでいることは。 世の中の流れと反対の場所に常にチャンスがあるということ。皆が買う時に買わず、買わない時に買う。皆がしていない時にそれをする。 次代を見据えた行動は往々にして奇異な目で見られることが多いものです。それは両方の世界で共通していることです。 —— 人生最大の転機はいつ。 自分自身の人生を生きようと、プロフェッショナルへの転向を決意した時。2003年に大阪ガスを退社後、アジア・パートナーシップ・ファンド (APF) に入社して翌年からプロとして活動を開始しました。 「やりたいようにやれ」。父が死の間際に残した言葉に励まされ、プロ転向への道を選びました。 —— プロに転向したメリット/ デメリットとは。 実業団の社員と違って、プロになると陸上競技に専念できます。CMなどの契約金も入ってきます。自分と競技団体の利益のために動くことができ、物理的にも精神的にも自由です。 実業団の選手は社員として給与を得ていますが、プロになるとそのような安定した収入はありません。活動経費も全て個人でまかなう必要があります。言ってみれば自分の評価を世の中が行う、その人気で収入が決まります。それに、長引くケガは現役生活の致命傷となります。 —— 『インベストメントハードラー:初期投資30万円が現在2000万円に増えた話。』を書いた理由は。 競技成績に収入が大きく影響され、報酬もあまりないスポーツなので、競技と無関係で得られる所得が必要だと思いました。投資については、陸上競技と同様に真剣に取り組んでいます。 「正しい投資」と 「良い投資」の真意を世の中に伝えたかったのが理由です。陸上関係の本は引退後でも書くことができますから。 —— 為末さんのオフィシャルサイト「侍ハードラー」を紹介して下さい。 このサイトでブログを開設しています。自分の考えや、走りの理論を発信するのに非常に便利なツールになっています。政治・経済など多岐に渡る分野を話題にしています。 「強く」「硬く」「激しく」というイメージだった競技人生を、もう少し柔らかく捉えたいのです。 —— 海外で体得した人生訓、異文化体験を話して下さい。 オランダで紹介された人の名前をずっと「ネフュー」だと思い込んでいたのです。こちらに来てネフュー (nephew) が甥だというのを知りました。まだ英語が達者ではないものですから(笑)。アメリカは正義感の強い国、交渉上手な国、抜きん出た者に嫉妬しない国。家を借りたり、車を買ったりする中で交渉の大切さを学びました。 —— 信条としている言葉は。 「人は間違える」。2年前の世界陸上大阪大会で不本意な結果に終わり、教訓とした言葉です。投資のエキスパートでさえも昨年来の経済予測がことごとく外れています。どんなに熟達しても、全てが分かるというのは不可能です。 陸上競技に使用されるピストルの火薬箱の裏に自分の好きな言葉があります ——「危険であると認識しているうちは安全である」。 —— 今後の夢。 オリンピックを目指して現役生活を続けているので、必ずやロンドン五輪への出場を果たしたいと思います。将来の展望としては、競技人生を終えた後、アジアの子供たちのために学校を建ててスポーツを教えるシステムを提供したい。アジアを拠点とする大規模なスポーツアカデミーを創設するのが夢ですね。 (2009年7月16日号に掲載) 1978 年5月3日生 (31歳)。広島市出身。170cm / 66kg。広島皆実高、法政大卒。大阪ガスを経てAPF入社。2001年エドモントン世界選手権の400mハードルで日本人初の銅メダル獲得。2005年 ヘルシンキ世界選手権で2度目の銅メダル。トラック種目でのメダル2個獲得は日本人初の偉業。2008年日本選手権の400mハードルで優勝 (49秒17)。五輪大会に連続3度出場。2009年2月サンディエゴに生活拠点を移す。現在、カリフォルニア大サンディエゴ校の聴講生として語学や会計 学を学びながら、2012年ロンドン五輪に照準を合わせて練習に励んでいる。著書に 『インベストメントハードラー:初期投資30万円が現在2000万円に増えた話。』 (講談社/ 2006年)、『日本人の足を速くする』 (新潮社/ 2007年)、『為末大 走りの極意』 (ベースボールマガジン社/ 2007年)。為末選手のオフィシャルサイト「侍ハードラー」は こちら 。 星座 : 牡牛座 血液型 : A型 健康法 : 職業がら健康です 趣味:旅行、バックパック よく聴く音楽: Podcastで音楽よりもニュースを聞いています カラオケ十八番: 「ブルーハーツ」 好きな映画作品 : 『12人の怒れる男』 好きなテレビ番組 : 特にありません 好きな俳優/歌手 :アル・パチーノ 好きな食べ物: 餃子 得意な料理 : 和食 苦手なこと: アメリカ人との交渉 尊敬している人 : スポンサーグループの会長 注目している人 : ウォーレン・バフェット (株式投資家/慈善家) ライバルだと思う人 : ハードル競技選手たち 今の職業に就いていなかったら : 海外を飛び回るジャーナリスト |